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「うで」と「かいな」

先日123日のこのブログの *今日は何の日で「七里ガ浜哀歌」を紹介したが、その時YouTubeにアップされていた倍賞千恵子の「真白き富士の嶺」をお届けしたが残念なことに2番の

 

ボートは沈みぬ、千尋の海原

風も浪も小(ち)さき腕に

 

の腕を「うで」と歌っていた。ガッカリした。「かいな」と歌って欲しかった。

そもそも「うで」の2音より「かいな」の3音の方が歌いやすいだろうに、、、、。

それより何より、明治43年に作詞された「文語文」である。

「かいな」であるべきだと思うのだが、、、、。

 

で気になって、YouTubeにアップされている「この歌」を片っ端から聞いて調べた。

結果、「うで」派

菊池章子、ミス・コロンビア、坂本九、田端義夫、真里ヨシコ、森繁久弥、ダ・カーポ、由紀さおり、倍賞千恵子  と9

 

正しい「かいな」派

ボニー・ジャックス、二木紘三 とたったの二人。

あの森繁でさえ「うで」である。思わず「お前もか!」と叫んでしまった。

 

こう言う間違いはどうして発生するのだろう。

単に歌手の所為ではないのかもしれないのだが、この辺の事情に詳しい人に尋ねてみようと考えている。

 

倍賞千恵子の歌声を再掲する。

https://www.youtube.com/watch?v=MaUkxTa9I5w

クリックしてみて頂きたい。

 

 

 

*今日は何の日:「徹子の部屋」放映開始(1976)

*この日生まれの有名人:なし(・)

*今日の花:ぼけ

*花ことば:平凡

author:Jさん, category:気になることば, 15:15
comments(3), -
Comment
「逃げてきて 保母に戻りし 鬼二匹」
草閑人, 2018/02/03 5:02 PM
イヤイヤ恐れ入った。
なかでも9歳のころ林成年の「真白き富士の嶺」を見た時から
仰ぎ見るも→仰ぎ見る眼も
捧げまつる→捧げ奉らん
の右側で覚えていた。で倍賞千恵子の詩で「うで」以外に何か違うぞと思っていたのがこの「眼も」と「奉らん」だったようだ。これでスッキリした。忝い。
虚誕, 2018/02/03 3:17 PM
な〜るほど。

森繁もか!

三角壽々(のちの三角錫子)の所為でも唄うたい屋等の所為でもないようやし。腕を「カイナとも読める」古い人と「ウデとしか読まへん」新しい人と違いでもない。そもそもカイナとウデは違うのに、[肱]を捨てて[腕]をどっちゃでも読めることにした昔人が悪いかなぁ

な〜んでこんなことになった訳を調べてみた。
明治43年1月23日の事故で2月6日の追悼式で鎌倉女子高等学校生が歌ったのが最初やが、これを広めたのは書生節の大正演歌の石田一松
で、ヴァイオリン演歌の最後の桜井俊雄のレコードと歌詞には、
♪ 真白き富士の根→真白き富士の峰
仰ぎ見るも→仰ぎ見る眼も
捧げまつる→捧げ奉らん
風も浪も小さき腕に→風も浪も小さき腕「ウデに」
力も尽き果て→力は尽き果て
恨みは深し→恨も深し
み雪は咽びぬ→御夢にむせびし
みたまよ何処に迷いておわすか→迷いておわすや
帰れ早く母の胸に→親の胸に
………
なお演歌師は短調に変たりメロディーもかなり変えている。
Garden作曲との定説は間違いで本当は、アメリカの牧師(インガルス(Jeremain Ingalls)の賛美歌〈昔の我が変わらぬ故郷〉(When we arrive home)であったことが判明した。堀内敬三はウッカリしたか孫引きで軍歌唱歌集に入れてもうたんやと思われる。

誰が悪いゆうたかてまあ世の中そんなもんやない?

平家物語の原本をどれに採るか未だに諸説あるんやしぃ
草閑人, 2018/02/03 11:10 AM