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「広重」展を見てきた

九州芸文館で開催されているのは知っていた。だが、それが24日(日)までとは知らなかった。

 

21日の「カメラ初級教室」で講師の先生から「広重」の浮世絵作品は写真を撮るものにとって大いに参考になるのでゼヒ見るようにと勧められた。何とか最終日にすべり込んだ。

 

会場である「九州芸文館」は、となりの「みやま市」のさらにとなりの「筑後市」にあり、九州新幹線「船小屋駅」の真ん前、もひとつ言うとソフトバンクホークスの2軍キャンプ地のすぐ近くということで、虚誕堂事務所から片道25分の距離。行かざるべからず。

 

写真

 

作品は保永堂版の「東海道五拾三次」55枚をはじめ、行書版、隷書版、狂歌入りなど総枚数148枚。

あまりの作品の多さと、最終日とて入場者の多さでゆっくりは鑑賞できなかったが、印刷物ではない本物の迫力に圧倒された。

 

会場では「刷り」体験ができると云ことで、200円を払ってやってみた。

本物はおそらく10枚以上の版木を使うのだろうが、体験企画では4枚のはがきサイズの版木で体験した。

 

写真

言うまでもないが、上が「絵ハガキ」仕立てで、下が虚誕堂の刷りの作品

 

 

ところで「日本橋」から「京三条大橋」までの五十三次、何日くらいかかっていたのだろうか?

一般的に、徒歩で13日から15日前後かかっていたようだ。

江戸日本橋から京都三条大橋までの距離は約492km。15日とすると、1日平均約33kmも歩く計算になる。
元禄年間に日本に滞在したドイツ人医師ケンペルは、2回江戸に来ているが、一度目は3月2日に京都を出発し、途中駕籠や馬に乗るものの、3月13日に江戸に到着、12日の旅であった。また幕末に日本を訪れたオランダのお抱え医師シーボルトは、3月25日に京を出て4月10日に江戸に到着しているので17日の旅である。
また『東海道中膝栗毛』では、弥次郎兵衛・喜多八の2人は江戸から四日市まで12日かかっている、とモノの本に出ていた。

 

行った以上は戻らねばならないことを考えると、昔の旅は「お金」「時間」「体力」がそろって必要であり、そうそう京まで行ったという人は少なかったであろうと思ったが、五十三次の各宿場はそれなりに繁盛していたようなので、チト不思議。

それにしても昔の人は体力がある。

 

この辺の事情を暇に任せてモノの本に当たってみようと考えている。

 

この他、会場の学芸員さんから「一文字ぼかし」について学んだ。

それは、版木の上端に水平で真っ直ぐなぼかしを入れ、主に空を表現するもので、天ぼかしとも言うらしい。

上から下へ徐々に色が薄くなり、自然なグラデーションを描くことができ、効果としては絵に奥行き感とメリハリをつけ、色で季節や時間、天候なども表現できるとのこと。
藍ならば晴天、昼間。朱で秋、朝焼け、夕刻。墨では冬、雪、雨、夜、といった具合。

今回の広重の東海道五十三次には、幅が狭くシャープな一文字ぼかしが多く見られた。

 

 

 

*今日は何の日:世界初の蒸気機関車が英国ウェールズで走り出す(1804)

*この日生まれの有名人:アンパンマン(正義の味方・????)

*今日の花:いわれんげ

*花ことば:家事に勤勉

author:Jさん, category:身辺雑記, 14:30
comments(3), -
Comment
京都東山に浮世絵擦ってるとこがあるんや。
見たけどすごいなぁ

新しい木版画家が生まれてるよ。ミレー大宮書店にいたSさん。虚誕堂も見れば知ってると思う。

1867年のパリ万博には佐賀藩・薩摩藩・江戸幕府がバラバラに参加していて、西洋絵画や美術に多大な影響を与えてるもんなあぁ〜


祇園祭の鉾の前懸には16世紀のベルギーのゴブラン織りも掛けられてて、交易というものをつくづく考えさせらるなぁ〜






草閑人, 2018/02/08 9:59 PM
1枚の絵で20〜30枚の版木を作る。気が遠くなるような作業。また摺師はその枚数をズラさずにする。偉い。

会場で、なんでゴッホはじめ西洋の画家たちが浮世絵に親しんだかを学んだ。
伊万里から出荷の際に「皿」の緩衝材として浮世絵で包んでいたかららしい。つまり捨てる紙であったとのこと。オドロイタ。
虚誕, 2018/02/08 2:30 PM
観たかったな〜
ゆてくれたら一緒に観に行ったのに。
永谷園のお茶漬けのオマケで我慢しとこ。

彫師や摺師の技術があってこそ浮世絵は輝くんやのに、絵師しか名が残らんのは少し可哀想やなぁ。

「もう戦後ではない」池田勇人
「もう戦後ではない」安倍晋三……こっちは怖い。


草閑人, 2018/02/08 1:18 AM